中野信子氏著書「努力不要論」を読んで。結城美帆子

私も同じ考えです。現在、コンクールビジネスと言われているように、たくさんのコンクールがあり、参加する子供たちは努力を強いられているように思います。本来、ピアノは、努力をするものでは無く、楽しむもののはずです。ピアノを生業にする場合は、コンクールで上位になるのはマネージメント会社にピーアールをするきっかけの一つになりますから参加する意味がありますが、趣味の方の場合は、参加する目的を見失うとピアノを弾くのをやめてしまう可能性もあるので注意が必要です。コンクールで上位に入る人は、努力をしていると思いますが、努力を努力とは思っていないと思います。ピアノを弾くことを楽しいと思っていると思います。ピアノを弾くのが好きだからたくさん弾いているだけではないかと思います。努力と言っているレベルでは無理です。生きて行く上で、努力が必要な時もありますが、好きなことをやるのに努力と言う言葉が必要なのでしょうか?私は、ピアノを弾くのに努力をしてきたとは思いません。ピアノを弾くのが好きだったから続けてきただけなのです。歌も同じで、歌うのが好きだったから続けてきただけなのです。私は、練習と言う言葉もおかしいのではないかと思うのです。ピアノを弾きたいからピアノを習いに来るのではないでしょうか?ピアノを上手く弾けるようになりたいからピアノを習いに来るのではないでしょうか?なのに、なぜ、家で練習をするように言わなければならないのでしょうか?ピアノの指導者が、家庭での練習を促したり、努力を促すのは、おかしいですよ。だって、ピアノが弾きたいからピアノを習いにお越しになるのでしょう。ピアノが上手くなりたいからピアノを習いにお越しになるのでしょう。ピアノを楽しみたいからピアノを習いにお越しになるのでしょう。ピアノが上手くなってもっとピアノを楽しみたいからピアノを習いにお越しになるのでしょう。ピアノを弾きたい方、ピアノを楽しみたい方は、家で全く練習をしなくでも、家で全く練習ができない人でも、ピアノを楽しんでいただけるのであれば、レッスンをお引き受けしております。ピアノの練習で苦しむ必要はございません。ご家庭でも楽しくピアノが弾けるように導くのがピアノの指導者の仕事です。「やればできる」とよく言われますが、ピアノは、やり方を間違えると、どんなに努力をしてもできるようになりません。ピアノは、間違った練習をすると、すればすれほどマイナスになりますから注意が必要です。間違った努力、無駄な努力をしないように、週一回のレッスンが必要なのです。間違いを自分で発見でき、修正できるようになったレベルの方は、隔週のレッスンでも構わないと思います。時間とか金銭的な理由で毎週のレッスンか隔週のレッスンかをお決めになられる方がおりますが、ちょっと違うかなと思います。