ピアノの先生の介護日記「反省」結城美帆子

仕事をしながら要介護5(寝たきり全介助)の母の介護を生徒の皆さんに迷惑をかけずに出来ていたつもりでおりましたが、どうもそうではなかったようです。生徒さんのお母様と電話でお話をしていて、自分自身の努力を押し付けていたのではないかと反省しております。脳梗塞の再発で病院に入院中は、私が付き添いをしている時は身体拘束を外していただけるので、生徒さんがレッスンにお越しになる時間以外はなるべく母に付き添ってます。仕事をしながら娘一人で介護をするのは無理なのかもしれませんね。精神的な面で生徒の皆様に迷惑をかけていたのかも知れません。病院は、基本的に付き添いは不要と言われてますが、24時間見てもらっているわけではないので、看護師が見ていない時に嘔吐してもすぐに気付いてもらえず、気管を詰まらせて死んでも文句を言えないのです。胴体、両足、両腕を拘束帯で身体拘束され両手にミントをされ身動きできない母を見るのは娘として辛いです。私が付き添うことで拘束されなくて済むのであれば、母が助かるのであれば私は死んでも構わないと思ったこともありました。そんな中、ピアノの練習と言う努力をしない人が嫌になったことがありました。反省しております。今の日本では、介護が必要になった人間は生きるのが難しいのかも知れません。包括なので治療費に制限があるため、筑波記念病院は単価が高額な薬は使えないのです。筑波記念病院では、抗凝固薬プラザキサは使えません。リハビリも発症後6ヶ月まで受けられるとなっているのですが、回復の見込みなしと医師が判断すればリハビリすら受けられないのです。患者の家族は、医師から「延命治療は希望しません」と言う書類にサインをすることを求められます。患者の家族は、何かあるたびに考える間も無く「説明を受けました」「同意しました」と言う書類にサインを求められます。気が休まる時がないのです。たえず責任を自問自答するしかないのです。責任と言うことを考えれば、誰かに相談することもできないのです。医師は、何かあった時に、責任を問われないためにサインを求めて来るのです。責任の重さに押しつぶされそうになります。介護は大変だと思わないのですが、メンタルがしんどいのかも知れません。責任と言うことがあまりにも負担が大きいです。支援支援と言われると自分が情けなくなってきます。支援支援と言われると自分がダメな人間に思えてくるのです。支援支援と言われるたびに「このくらい何ともない。頑張ろう」と自分を追い詰めてしまうのです。