ピアノの先生の介護日記「全介助の母の介護」結城美帆子

現在は、リハビリ病院でリハビリを受けております。リハビリスタッフのお一人の方が「お亡くなりになった時に、関節が硬くて棺桶に入らなかったらみっともないですからね」と言われました。回復期リハビリ病院のリハビリの目的って何なのでしょうね。母は、寝たきり状態で要介護5で全介助です。一人では何もできません。何もしなければ、身体は拘縮して行き、着替えることすらできなくなります。日本国民は、日本国憲法で生存権生きる権利を保障されています。生きる権利は保障されていても、幸せに生きる権利を保障されているわけではありません。もし、母を娘の私が介護を放棄し、療養病院や老人ホームに入ることになったら、母は生存権のみを行使して生きている状態になると思います。私は、母から一度も「ピアノの練習をしなさい」とか「勉強をしなさい」と言われたことがありませんが、ピアノを続けてこられたと言うことは、母のやらせ方が上手かったからではないかと思うのです。ピアノの練習も勉強もやらずにいられないように仕向けられていたような気がします。なぜなら、いつしか、母の幸せのためにピアノの練習をし勉強をしていたように思います。母は娘の幸せのために娘の私にピアノを習わせていたのですが、娘の私は母の幸せのために一生懸命にピアノの練習をしていたのです。だからでしょうか、苦手な曲はありましたが、本心でピアノが嫌いになったことはありません。ただ、私にも反抗期はありましたから、音楽高校の2年生の時に、「もうピアノやめる」と言って、小さい時から使った楽譜を家の焼却炉に入れて全部燃やしてしまったのです。母は、そう言う時でも止めません。後になって母に聞きましたら、「娘の苦しみをどうすることもできない。親は、ただ、ただ、見守ることしかできなかった」と言われました。母の無償の愛を実感しました。私を愛で育ててくれた母を、私の精一杯の愛情で介護をし、お見送りをしたいと思っております。この世に産まれてきてよかった、私と言う娘を産んで良かったと思っていただけるように。