ピアノの先生の介護日記。結城美帆子

母が入院している回復期リハビリ病院について。いつも、床が汚い。汚物をこぼしても直ぐに拭かないのか、いつも床に何かをこぼしたあとがあるので、尿をこぼしたようなあともあり、母の病室へ入って、まずは、床をアルコールで拭きます。オムツを入れて置く棚の扉は開けっぱなしだったので、閉めました。テーブルには、バスタオルやタオルが出しっぱなし。失禁したパジャマは、水がヒタたる状態でレジ袋に入れてありました。咳をして鼻声でリハビリをしている理学療法士さんがおり、うつされないかとヒヤヒヤドキドキです。母がオムツに排便をした時、紙で拭いただけで、清拭をしないでオムツをしてしまったのですが、衛生的に問題はないのでしょうか?急性期病院に入院していた時は、お尻シートで清拭をしていたのですが、病院により違うようです。私が携わっている老人ホームでは、清拭をしております。看護師さんたちの患者さんに対する言葉使いも気になります。目上に対する尊敬の念が感じられない言葉使いです。上から目線の言葉使いです。目上の大人に対する言葉使いではありません。看護師どうしの上下関係もあるように思います。相手によって言葉使いや態度が変わるのです。リハビリを行う人たちも上下関係を感じます。よく言えばフレンドリーですが、親しき中にも礼儀ありだと思うのですが、礼儀がないように思います。5分遅れてきて、5分早く終わって帰った作業療法士もおりました。私の母のように全介助になってしまった患者は、病院にとって有難くないのかもしれませんね。私の母は、失語症もあるので、訴えることもできませんから、ほったらかしにされても仕方がないですけど、悲しいです。医療に携わる人や介護に携わる人は、何のために仕事をして報酬を頂いているのかを考えて欲しい。仕事とは、誰かを幸せにして、報酬を頂くことだと思います。医療に携わる人と介護に携わる人は、誰を幸せにするために仕事をしているのでしょうか?自由診療や有料老人ホームなど、公的なお金を使っていなければ、患者や利用者と家族の幸せのためだと思いますが、医療保険や介護保険を使っている病院や老人ホームなどで働いている人は、患者や利用者と家族の幸せのためではなく、日本国憲法第25条生存権を守るためで、個人の幸せのためではないと思います。なぜなら、個人の幸せのために税金を使うって言ったら怒るでしょう。障害者施設や特別養護老人ホームなどは、生存権(最低限の生きる権利を保障する)を守るためで、個人の幸せのためにあるわけではないと思います。特別支援学校にしても、国民の教育を受ける権利を守るためにあるのであって、一人一人の幸せを目的にしたものではないと思います。私の教室では、障がいがある方も100%自分でレッスン料をお支払いいただいておりますので、生徒さん個人の幸せのためにレッスンをしております。発達障害デイサービスは、1割の自己負担で利用できるようですが、発達障害者が国民を殺したり、発達障害者が国民に被害を与えないように、監視管理もされているのをおわかりでしょうか?施設は、自由に出入りはできませんから、施設に入ることは自由を奪われると言うことでもあるのです。母を家の前のショートステイに預けた時も、家の直ぐ前の自分の家に行くことも許させませんでした。