ピアノの先生の介護日記。結城美帆子

昨日、母の病室に行った時、痰の吸引をしていた時で、わめいておりました。看護師が「もう一回」と言ったので、私が「明日転院ですから、肺炎を起こしても構いませんので、痰が気管に詰まった時以外は吸引はけっこうです」と申し上げました。母は、看護師がベットを動かしただけで、わめくようになってしまいました。おそらく、母は、生きる気力を失っているでしょう。毎日毎日拷問されていたら生きる気力はなくなるでしょう。自由に喋れなくて身体も両方麻痺の母は、喚くことくらいしかできませんから、されるがままに痛いことを毎日されているのです。生命維持ができないと言って。はたで見ていると、犬を扱っているみたいに見えます。犬よりもひどい扱いかもしれません。患者が生きる気力をなくす看護がありえますか?患者が生きる気力をなくす医療なんて医療と言えますか?医療とは、看護とは、何ですか?母は、おそらく、現在は母は、私の「生きていて欲しい」と言う私の願い「欲望」のみで生きていてくれていると思います。何とか母の苦痛を取り除くことまでは出来なくても緩和して上げたい、どなたか、知恵とお力をお貸し下さい。ピアノを勉強するという事、音楽を勉強すると言う事、音楽を勉強すると言う事は、作曲家の思いを自らの身体にひきうけ自らの身体を通して表現する事です。他人の痛みに思いを馳せる事が出来なければ、ピアノを素敵に弾く事は出来ないでしょう。患者のための治療は、まず、自らの治療をして自らの問題を解決してから患者の治療をして欲しいです。治療者自身の心の問題が解決されていないで患者の治療に向かうと患者は治療者から陰性転移を受ける事になり、患者は治療者から苦しみを受ける事になる。吃音障害の方による言語療法はあきれました。障害が悪いと言っているわけではないのです。ご自身の心の問題を解決されてからされたらいかがでしょうか?主治医の方も、ご病気をお持ちのようでした。栄養専門だと言っていた看護師は、母が入院した翌日から「一週間来られなくてごめんなさいね。私も入院していて無菌室に入っていたので、何度もレントゲンを撮られて大丈夫かなって思いました」などと言っておりました。抵抗力が無い年寄りの治療をするのですから、まず職員が病気を病室に持ち込まないようにして欲しいです。