ピアノの先生の今昔

私が子供の頃は、今のようにピアノの先生が多くはなかったです。

良い先生はと言えば、音楽大学や音楽高校の先生でした。

私は、茨城県立水戸第三高等学校音楽科の教諭だった先生が土曜日の午後自宅でピアノを教えていたので、習いに行っておりました。

この先生は、東京藝術大学ピアノ科を卒業された先生でした。

私が子供の頃は、ピアノの先生を選ぶ時、それなりの人は、音楽大学や音楽高校で指導をしている先生を選んだと思います。

次に選ぶのは、ヤマハの先生でした。

個人教室の先生は、あまり評価はされませんでしたので、箔をつけるために音大や音高の講師をワンクールするか、ヤマハの先生を少しして、自宅でピアノ教室を開室するのが多かったと思います。

今は、色々なコンクールがあるので、生徒をコンクールが参加させて生徒がそれなりの結果出せば、指導者としての評価も得られるようになったと思います。

コンクールがあまり無かった時代は、指導者が評価を受ける方法が無かったので、音楽大学や音楽高校に何人合格させたかが指導者の評価だったと思いますので、それなりの先生に指導を受けたい方は、音高音大受験生を指導している先生を選んで習っていたと思います。

本当に生徒を育てているのなら、自信を持ってコンクールに参加させられると思います。

自分の指導力を客観視する為にも、私は評価を恐れず生徒さんをコンクールに参加させたいと思います。

とは言え、ピティナピアノコンペティションで地区予選を通過できるのは10人中3人で、地区本選から全国大会に行けるのは、茨城と栃木で1名ですから、大変なんてもんじゃないですけどね。

これまで、地区本選を目指して参加した私の門下生で地区本選に進めなかった方は、残念ながらたった一人おりますが、あとは皆さん地区本選の目標は達成出来ております。

障害がある生徒さんも地区本選に進めております。

頑張りましょう。