ピアノが上手くなるには、子供も大人も「ピアノが上手くなりたい」と言う欲望も大切です。結城美帆子

ピティナピアノコンペティションの地区予選を聴いていて、自分の生徒じゃない人が、演奏中ミスをすると、心の中で喜んでしまいました。道徳的には、間違っているかも知れませんが、人間の感情としては、当然のことではないでしょうか。心の中で思うのは自由です。地区予選を通過する為に一生懸命練習したのに、通過できなかったら悔しいのは当たり前でしょう。「挑戦することに意義があり」なんて言えません。成功体験が、次の努力の原動力になります。私は、自分の生徒にピアノで失敗経験をさせたくないです。ピアノで成功体験をさせてあげたいのです。だから、必死になって教えております。生徒に失敗をさせたくないと言うのは、私の欲望です。社会の中でうまく生きていく為には、ある程度本音と建前を使い分けなければならない時もあると思いますが、自分の感情を押し殺してしまうと、心の病気になってしまいます。今回は、私の指導力不足で1人だけ地区予選を通過させることができず(通過まで0.1点数が足りなくて奨励賞止は頂きました)おおいに反省をしておりますが、悔しさはぬぐいきれません。生徒本人は、私よりも数倍悔しい思いをしていると思います。指導者の責任は大きいです。私は、感情を押し殺すようなことは致しません。自分の気持ちを素直に受け入れるようにしております。ピアノは、感情表現の一つの手段になるので、心のバランスを保つにも良いと思います。私は、頭にきたことがあった時や、むしゃくしゃした時、悲しみに打ちひしがれそうになった時、ピアノで心を昇華させております。思っていることを誰かに話すのも、心を昇華するのに良いですよ。不平不満は、溜めないことです。