ノバホールで「反田恭平ピアノリサイタル」を聴いてきました。結城美帆子

素晴らしい演奏でした。これぞヴィルトーソだと思いました。ベートーヴェンの悲愴は、今までの私の考えを変えるほどすごかったです。素晴らしい曲の解釈です。ピアニストは、ピアニストのままでいて欲しいと思いました。彼には、自分の音楽の世界を進んで欲しいと思いました。彼は、ピアニストのままで死んで欲しいと思いました。音楽の神様が降臨したかのようにさえ思いました。これまで、背中に鳥肌が立つ演奏は何度かありましたが、今日は涙が止まりませんでした。アンコールのショパンのポロネーズもすごかったです。最後の小犬のワルツは、小犬が頭に浮かびました。すごい感性です。なぜ涙が止まらなかったのか?それは、彼の演奏を聴いていて、彼の努力している姿が頭に浮かんだからです。ヴィルトーソとよばれる世界中の演奏家たちは、子供の頃から、寝る時以外は、ひたすら練習をしているのです。毎日12時間の練習は当たり前なのです。ヴィルトーソは、努力の賜物なのです。演奏で食べていけるピアニストと、ピアノを教えるのがメインで時々演奏会をしている人の違いは、子供の頃からのトータルの練習時間の違いと言われます。つくば駅から東京の私立中学に通っている人もいるようですが、ヴィルトーソにとっては、通学に往復2時間もかけるのは時間の無駄と思うのです。2時間も通学にかけるのであれば、2時間練習した方が良いと考えるので、学校の近くに引っ越すのです。お金に余裕がある家では、学校の近くに家を購入して家族で引っ越しをする人もいるのです。一流と言われる人たちは、みんな血の出るような努力をしているのです。土曜日にレッスンにお越しになられた大人の生徒さんに「先生は結婚しているのですか?」なんてプライベートなことを聞かれましたが、「一人ではないですよ。なぜ、そのように思うのですか?」と聞き返しましたら、「生活感が感じられないから、独身貴族なのかなって思って」と言われましたので、「ピアノは、夢を売れ仕事でもあると思うので、極力生活感を出さないように努力をしているのです。」と申し上げました。母を介護している時も、生活感が出ないように、レッスンの時は、着替えてましたし、化粧も変えておりました。髪をカーラーで巻く時間がなかったので、髪はショートにしておりました。母は徘徊もありましたので、目が離せませんでしたから、お風呂に入るのも、母が寝て直ぐの時に烏の行水程度に入浴してました。夜は、母がトイレに2時間おきくらいに起きるので、ゆっくり寝る時間なんてありませんでした。『母親一人くらい介護できなくて、他人にピアノを教えることなんてできるか』と思ってましたし、母親を介護できないなら、仕事をしている意味もないと思ってましたので、頑張りました。仕事のために、親を介護できないと言うのもおかしいと思っておりましたし、親を介護するために仕事をやめなければならないと言うのもおかしいと思っておりましたので、頑張りました。私は、いつも死ぬ気で頑張ってます。妥協はしたくないのです。