スモール・ステップ。結城美帆子

「スモール・ステップ」と言う言葉は、障害がある子供の教育の携わっている人たちがよくお使いになられる言葉です。

私も、障害があるお子さんに対しては使っておりましたが、ある時期から疑問を感じており、現在はスモール・ステップと言う言葉は使わなくなりました。

理由は、ゴールデンエイジがあり、臨界期があるからです。

「鉄は熱いうちに打て」と言うことわざがあるように、学びも同じで、チンタラチンタラ教えていたら何も身につかないと言うことになってしまいます。

ラカン派の精神分析は、時間が固定されず、分析家が決めるので、変動的なのですが、これが分析の作業を進めるのです。

時間は無限ではないのです。

人生の時間は有限なのです。

音符が読めなかったら楽譜を見てピアノが弾けないので、譜読みから始めるのですが、スモール・ステップと言って譜読みに1年もかかったらピアノを弾けるようになりたいという気持ちは薄れるか無くなるかではないでしょうか?

私の教室では、生徒さんの能力で多少異なりますが、早い方ですと1ヶ月くらいで譜読みができピアノのレッスンに入れます。

遅い方でも3ヶ月くらいで譜読みができてピアノのレッスンに入れます。

ただし、発達障害の方は別です。

現在は、発達障害の方は、一般のピアノの指導法ではピアノを弾けるようにすることは難しいので、精神分析的アプローチによるピアノのレッスンをしており、受付も「つくば精神分析療法室」のホームページで行っております。

発達障害の方の場合は、何ができて何ができないかの見極めが重要です。

そして、できることを伸ばしていく指導をするようにしておりますので、健常者の指導法とは異なります。

健常者の場合は、教えれば出来るようになりますが、障害者の場合は、教えてもできないことがあるので見極めが必要なのです。

自分の名前も書けなくなった認知症の人に、譜読みを教えピアノが弾けるように教えることは、私はできません。

ピアノを教える目的は、まずは楽譜を見て自分で弾きたい曲が弾けるようにすることですが、障害者や老人を対象として行っている音楽療法の目的は、リハビリみたいなもので、その人個人を伸ばすものではないです。

私も都内の老人保健施設で音楽療法を行っておりましたが、リハビリの一環としてでした。

音楽療法は、職員は楽なので好むようですが、入所者はすべての人が音楽が好きというわけではないので、あまり積極的に参加をされない人もおりました。

20年くらい施設で音楽療法を行いましたが、なんか心の中でしっくりこないものがあり現在は行っておりません。

音楽は対等だと思いますが、音楽療法は、療法を受ける人と療法をする人がいて神聖な音楽を愚弄しているように感じたのです。

音楽は平等なのです。