オーム真理教の7人の死刑が執行されてから体調が悪いです。結城美帆子

昨夜は、胃液が逆流して夜中に目が覚めました。ストレスを受けると胃にくることが多いので、ネキシウムは常時手持ちしているのですが、ここのところ大丈夫だったので油断してしまいました。胃液の逆流が起こる時は、なんとなくわかるので食事をしないようにしたりするのですが、昨日は午前中ホール練習で、4時間水分補給するのを忘れてしまったためか、午後から頭痛があり、たくさん水分を補給して寝たのが原因かなと思います。

死刑執行は、国民の納めた税金が使われますし、国会議員は国民の代表ですから、日本国民が1日に7人もの命を奪ったと言うことです。キリストを十字架にかけて殺したのも人間です。私は、聖書を読んだ程度の知識しかありませんが、キリストは「やり遂げた」と言って天の国に帰って行ったと書いてありました。西洋音楽を学ぶ上で、聖書を読むことは必要ではないかと思います。また、教養としても、一度くらいは聖書を読むと良いと思います。「目には目を」と言う教えも、聖書の中に書いてあります。東京大学合格率日本一の女子校の女子学院は、校則はないそうで、何かあった時は、「聖書があるでしょ」と言われるとのことです。私は、人が人を殺す「死刑」は、如何なものかと思います。死刑は、なくすべきだと思っております。日本の国の死刑の方法に、薬殺が使われないのは、医師の倫理に反するからと聞いたことがあります。だとするならば、どんな事情であれ、人が人を殺すと言うことは、人間としての倫理に反しないのであろうか?聖書の中の「目には目を」の教えは、「殺されたから殺すと言うことではなく、自分がされたこと以上の仕返しはしてはいけない」と言うことです。と教わりました。人間は、生まれてきた時は、みんな可愛い赤ん坊です。どこで、どうなって、殺人犯になってしまうのでしょうか?私は、彼らを気の毒に思います。彼らの心の闇に光を照らしてあげられる人はいなかったのです。被害者も気の毒ですが、加害者も気の毒に思います。脳の障害で、人間を殺しても良いと思う人もいるようなのです。パーソナリティ障害者は、刑事責任能力があると司法は判断しておりますから、広汎性発達障害の人も死刑は執行されました。私は、発達障害者の人たちにもピアノを教えているので、彼らの将来が心配です。障害がある子供を持つ親は、「個性ですよね。個性を伸ばしてあげたいと思います」、などと言いますが、個性を伸ばすことも良いでしょうが、社会の中で生きて行くためには、社会性も必要なのです。ダメなものはダメとわかることも社会で生きて行く上では必要なことです。気に入らないから殺してしまえ、ではダメでしょ。子供は、教えないとわからないことがたくさんあるようです。親は、身を持って教えてあげましょう。子供は、親をよく見てます。例えば、教室の玄関を入って、スリッパたてからスリッパをとって、静かに床に置く人もいれば、スリッパを上からストンと落とす人もおります。お茶の作法ではダメでしょ音を立てない方が美しい所作と言われておりますので、スリッパを上からストンと落とすのは、ちょっと恥ずかしいかなと思います。靴を揃えて上がる人と、揃えないで上がる人と。トイレに入ってトイレから出てくるときに、トイレのスリッパを元の位置に戻さない人、次にトイレに入る人のことを考えられる人は、スリッパの位置を考えて出てきます。子供は、教えないと相手のことを考えることはしませんが、一度教えれば、できるようになります。他者への心使いができないと、大人になったときに恥ずかしい思いをする時があります。食事を美しく頂くのも、相手への心使いの一つです。どうぞ、お子様を、教養豊かな人に育ててあげてください。ピアノが上手に弾けることも、教養の一つだと思います。ピアノが上手に弾ける紳士淑女の皆様は、所作がストレートで美しくと思います。