なるべく苦しまず穏やかに死ねるといいですね。結城美帆子

人間いつか必ず死にますが、なるべく苦しまず穏やかに死ねるといいですね。

家族を何人も看取りましたが、施設でも何人も看取りましたが、いまだに私が理想としている臨終には出会っておりません。

人間の呼吸が止まる時は、どの臨終を思い返しても、本人は意識がないようですから見た目ほど苦しくはないのかもしれませんが、私から見ると「もっと楽に死ねる方法はないのかな?」とか思います。

何人もの臨終の場に立ち会っているためか、息が上がって「ハーハー」する人を見ると臨終を連想してしまうので、不快な気持ちになってしまいます。

私、中学の時、体操部だったのですが、1年生の時に段違い平行棒の下のバーにお腹を打ち付けてしまって、息ができない経験をしたので、息ができない=死、と連想してしまうようです。

6月の暑い日たっだので、気が緩んでいたのが落下した原因だった思います。

私は、人間ドックで毎年胃カメラと大腸カメラの検査を受けているのですが、私が検査を受けている半蔵門胃腸クリニックは静脈注射で意識が無い状態で検査が受けられるので、全く痛くもなく苦しくもないですし、ひじょうに楽に受けられます。

先月検査を受けた時、「この状態で死ねたら楽だろうな」とか思ってしまいました。

検査が終わって目覚めた時、麻酔の影響なのかもしれませんが、目覚めた瞬間は、検査を受けたことも忘れていたようで、自分が今どこにいるのかも、「ここはどこ」みたいな感じで、徐々に我にかえって来て、検査を受けたことをわかるようになったのですが、「あのままわからないまま死ねたら楽だろうな」って思ったのです。

「死ぬって、想像しているより楽なのかもしれない」とも思ったのです。

心臓外科医の南淵明宏先生が「医療現場での不思議なこと」みたいな題名の医師がこんな本を書くのか?と思うような内容の本を出版されたのですが、実は、母は筑波大学附属病院に入院しており、お正月明けに退院も決まっていて、退院前カンファレンスも済んでいたのですが、1月3日に亡くなってしまったのですが、3日の午前3時頃私がトイレに起きた時に玄関に母の気配を感じたのです。

なんとなくですけど、「退院はできないかな?」と思いました。

それから間もなく病院から電話がありました。

南淵明宏先生の著書には、このようなことが書かれております。

心臓の手術は、心臓を止めて行うこともあるようで、中には戻らないでそのまま死なれる方のいるそうですが、そんな時も不思議な経験をしたのだそうです。

眠っている時は、脳が動いているので夢を見ますが、脳が死ぬと夢を見ることはないと思うので、生きているのか死んだのかの一線は「夢」なのかなとも思ったりもしております。

私が検査が終わって目覚めた瞬間は、何かの夢を見ていて、夢から目覚めたような感じだったのです。

私は感受性が豊かといいますか、感性が豊かといいますか、自分の心と体にたえず耳を傾けているみたいなので(無意識ですが)、少し特殊なのかもしれませんね。