なぜピアノを習うのか?習わせるのか?結城美帆子

日本ピアノ指導者協会(通称ピティナ)は、ピアノ人口を増やす為に一生懸命のように思います。

ピティナピアノコンペティションは、生徒の為というよりも指導者のためのような気がします。

指導者が生徒を駒にしているようにも思えてきているのです。

生徒にコンペティション(コンクール)に参加する実力が本当にあればいいけど、3分の2は地区予選止まりです。

B級くらいになると毎年常連の顔触れが見受けられ、地区予選を通過する顔触れも決まってくるように思います。

全国大会に出場する人たちの多くは、全国大会の審査委員をされている先生と地元の先生の2人の先生の指導を受けているようですから、レッスン料も相当かかっていると思います。

ピアニストを目指しているわけではないのに、たかがピティナピアノコンペティションで全国大会に出場できたからと言ってピアニストになれるという保証はないのに、ワンレッスン2万も3万も支払ってレッスンを受けている人たちもいるのです。

かといって、安ければいいということでもないと思います。

資本主義の国ですから、需要と供給で値段が決まるのは仕方がないことですが、このまま進んでいくと、お金がない人はどんなに才能があっても才能を伸ばすことができないということになってしまいます。

つくば市のピアノのレッスン料は、お月謝だと1回30分レッスンの場合、年間40回〜42回レッスンが多いようですが、月6,000円〜という教室が多いようでから、30分1,800円〜2,000円くらいからでしょうから、30分にすれば当教室も同じような金額です。

病院で行う作業療法や理学療法などリハビリの保険点数は、20分で200点くらいですから、20分で2,000円ということになります。

弁護士の相談料は、30分で5,000円が多いようです。

医師のセカンドオピニオンは、自由診療ですから自由に設定できるので医師によりまちまちですが、母が2度ほど通院した坂根クリニックの院長は30分3万円でした。

坂根医師に30分3万円を支払う価値は見出せなかったので、母を通院させるのをやめました。

ピアノのレッスンの価値とは何なのか?

ピティナピアノコンペティションやコンクールで結果を出すことがピアノのレッスンの価値なのでしょうか?

私は、生徒をピティナピアノコンペティションに参加させるようになって10年少々ですが、私が地区予選を通過できるだろうと思った生徒は全員通過できておりますので、全国大会の審査委員をされている先生の高額なレッスンを受けにいかなくても大丈夫です。

音大受験もコンペティションも、受かるためのテクニックというものがあるのです。

点数制ですから、点数を取れる弾き方、減点されない弾き方をすれば、ピティナピアノコンペティションの地区予選程度は3分の1に入れば良いのでミスをしたらダメですけど、ミスをしなければ大丈夫ですし、音楽的才能がありそうだからと個性的な弾き方をさせると、審査委員の好みの弾き方と合わない場合は通過するのは難しいようです。

基本的な弾き方ができていれば地区予選程度は通過できます。

全国大会に出場する為には、4曲を5ヶ月間コンスタントに練習ができて気持ちを維持できるかどうかです。

4曲を毎日コンスタントに練習するには、毎日5時間〜6時間練習時間が必要ですから、学校から帰宅して16時に練習を始めると21時で5時間です。

学校の勉強は、学校だけで覚えられる頭脳の持ち主でなければ難しいかもしれませんね。

ピアノは、記憶する力や考える力・集中力・継続力が鍛えられるので、学校の教科書程度は数回読めば暗記が可能になりますから、反復練習をしなくても覚えられるようになります。

ピアノのレッスンで得られることは、記憶する力や考える力(思考力)・集中力・継続力など地頭力が鍛えられることではないかと思います。

シニアの方は、脳が鍛えられるので、認知症の予防になります。

その為には、ある程度の毎日の練習が必要です。

何かを得る為には、何かを捨てなければ得られません。

ピアノが上手に弾けるようになるには、地頭力を得る為には、練習する時間を確保しなければなりませんので、遊ぶ時間を我慢する捨てることが必要です。

ピアノのレッスンの価値とは、脳を総合的に鍛えることができることなのではないかと思います。

脳を総合的に鍛えることによって、自分で考え自分で判断し行動できる人間、自分の考えを相手に伝えることができる人間、AI時代これから来る大変化の時代を生きていける人間を育てることができるのではないかと思います。

シニアの方に対しては、ピアノのレッスンで認知症を発症する人を抑制して介護を受ける人を抑制することができるのではないかと思います。