「二兎を追う者は一兎をも得ず」

どちらかを選ばなければならないこともあります。

どちらかを選ぶ為には、判断して決断をしなければなりません。

新型コロナのワクチンを打つか打たないかも、任意接種ですから、自分の責任で判断し決断をしなければなりません。

何かの手術を受ける時も、人間のやることに絶対は無いですから、最悪は死ぬこともある中で、判断し決断をしなければなりません。

新型コロナのワクチンも、血栓症の副反応で死ぬ可能性もある中で、「コロナの予防はしたいけど、副反応で死ぬのも嫌だ」と言って決断をできないと言う人がいるとしたら、「子供がこれも欲しい、あれも欲しい」とダダをこねているのと同じで、去勢を免れている状態で大人になりきれていない人です。

手術を受ける時も同じです。

決断をしなければならないことは、コロナのワクチンや手術だけではなく、生活の中でたくさんあると思います。

私のピアノを指導する理念の一つ「ピアノで目標を達成する方法を身につける」は、目標を達成する方法を身につけられた人は、究極の選択を迫られた時でも、自分の責任で判断し決断できると思います。

政治家も、二兎を追っている人が多いように思います。

政府のコロナ対策も、二兎を追っているように思います。

自分の責任で決断ができる政治家さんがいなくなったと言うことなのでしょうね。

うわ水だけで静かに時が過ぎるのを待っていれば何とかなると思う人もいるかもしれませんが、何ともならないこともありますよ。

病院に入院して退院できるということは、すごいことなのです。

私は母を介護させて頂けたので、たくさんことを学ばせて頂くことができました。

入院して、退院が決まると、退院後について、病院の担当医と看護師とソーシャルワーカーとケアマネージャーと、退院後にお世話になるリハビリ担当者と担当医、デイケアの責任者など、10名以上で、私も含め、会議が行われます。

私の母も退院が決まり2時間ほどの会議が行われましたが、母は残念ながら会議の後急変して亡くなってしまいましたので、会議に参加してくださった方々は、会議に参加した費用と申しますか、報酬は、どこからも支払われることはなかったので、無報酬で会議に参加してくれたことになったのです。

生きている時は、ケアマネージャーに行政から支払いがありますが、死んでしまうと、どこからも支払いが無くなるので、突然相談できる人さえいなくなるのです。

ケアマネージャーさんは、無料で相談に乗ってくれているわけでは無いので、死んだら、次は即座に相談先は葬儀社になるのです。

世の中、無料のものは無いと思い知った経験でした。

当たり前のことですけどね。

お金にならない、支払いが無いとなると、今までそばにいた人たちが誰もいなくなるのです。

死んでしまうと、看護師さんに相談することすらできなくなるのです。

母が亡くなった時、亡くなって直ぐに、看護師さんから「葬儀屋さんは何時にご遺体を取りに来ますか?」と聞かれたので、霊安室は無いのですか?と聞きましたら「空いていれば使えるけど空いていないと思うな」と言われました。

何とも感ともでした。

病院は、生きた人を治療するところですからね。

遺族の心のケアも大切ではないかなと思うのですが、そのようなシステムは無いようです。

医療費や介護費は全てに料金が決まっていますから、仕方がないとは思いますけどね。

なので、どんな時でも、即座に判断し決断できるスキルを身につけておいたほうが良いと思います。

高齢の親を子供が一人で介護していて自宅で亡くなって、そのまま放置して逮捕されるという事件が増えているように思いますが、死んだら相談できる人がいないのが原因の一つではないでしょうか?

近所付き合いもない中、どうやって親を弔ったら良いのかわからない人も多いのではないでしょうか?

社会を生き抜く為には、知識も必要ですね。

生徒さんたちには、ピアノのレッスンで生きる力をつけて、どんな状況下でも生き抜くことができる人間に育って欲しいと願っております。